KORO NO ROOM
脳卒中麻痺から社会復帰まで
一九九九年四月二九日発病、約四か月後の八月三一日退院、その後は外来リハビリを毎日続ける。二〇〇〇年三月三一日までの間はその生活が続いた。その後自宅に戻り、別の病院に外来で一週に一回のリハビリに変わった。社会保険の傷病手当(*一)というものが二〇〇〇年の十月まであったことも理由で社会復帰は十一月から始まった。 建設業の内装の仕事なので実際出来るのかどうかも最初は疑わしかった。はじめる前は
(*)他の事務の仕事などを探してみたけれども、
結局前の仕事に復活できた。実際は仲間の仕事に出来ることから 参加させてもらうという形で始めた。左半身麻痺の体がどの程度対応できるかは疑問だらけだった。困難な仕事は階段を物を持っておりることだった。歩行は可能だけれども決して健常者のようなわけには行かない。思うように左足が前に上がらないしひっかかるときがあるのだ。これが階段をおりるときとなると怖さがあった。それと両腕で抱えなければならないセッコウボードのようなものは最初は一枚がやっとだった。約十キログラムしかないのだけれどもその大きさがバランスを崩すのだ。二週間ほどで二枚位はもてるようになった。最初は天井を貼るのはは無理なので壁を貼る事から始めた。ドライバーに小さなビスを添えるのに不自由な左指では時間がかかりすぎるし、多くのビスをこぼしてしまうので、ドライバーを左で抱えて右の指で差し込んでそれから右手に持ち替えての作業となる。この方がはるかに効率がよかった。或いは口に含んだビスを右手に持ったドライバーに直接差し込んで作業するような段取りで段々と仕事に速さを加えることが可能になってきた。最初は一日働くだけでも凄い疲れを感じて一ヶ月も働いたような気さえした。それで一日休み二日働いては一日休んだりして調節しながらなじませていった。筋肉も二日目から痛くなることもあるので警戒しながら徐々に力をつけていった。左の筋肉はまだ仕事の耐えるものには出来上がっていないので三割位の力から無理をしない体制でならしていった。一気に仕事に突入するのではなく。常に体と相談しながらはじめていった。とりあえず1ヶ月で1週間通して働ける気力と力がついてきた。 リハビリの内容はこの間少しずつ変わり仕事上の不都合な動きを軽減するための運動のやり方、方法の指導へと変わっている。体はこの仕事の中で徐々にだけれども丈夫になってきたと思う。精神的に自立を意識していることが重要なのだけれども、
(*二)ストレッチ運動
などでは得られない体の回復が感じられてならない。仕事に入って得られる充実感と必要からくる体の動きがよりよい動きを即しているのだと思う。
(*)他の事務の仕事などを探してみたけれども
ハローワーク(職業安定所)にいって、まだ傷病手当金を受けてる最中だけれども、今月で終わりなのでという形で申し込んだら、傷病手当金を受けてる人にはお世話はできません、と、断られてしまった。ずいぶん無粋な計らいだと思った。後>がなくなってから来いとでもいうのだろうか。
(*一)傷病手当金
とは社会保険加入者に平均給与額の六割を最長1.5年支給するもの、ただし失業保険とはダブらない形式だ。私の場合は障害者手帳を交付される状態とは認められないため、この時点で自力で生活していかなければならなかった。他の保険からすでに幾ばくかの支給を受けたし、兄弟から支援も受けた。しかしここからはまったくの自力での生活を余儀なくされた。国に頼る期間はすでに終了して自己の可能性を信じて生きる以外にない。このとき如何に人は人によって助けられて生きているのか痛切にわかった。他人に迷惑をかけながら生きるのが人間だし、また同時に自分の出来ることを他人にしてあげることによって支えあうことこそ人間なんだということが実感できた。
(*二)ストレッチ運動
が普段動かしている筋肉の最大限を実現することにより、筋肉を萎縮させない、或いはより発達した筋肉を鍛えるものと考えるが、より実際的で合目的な動きという労働による動きはもっと高い次元の鍛え方をするものなのだ。もちろん逆に職業病を作り出す偏った運動があることも事実だ。だから仕事の動きの他にストレッチ運動を加えることも必要だ。労働に追われればおろそかになるのも否めないが、十分な動きをしなければそれ相当な動きとなってしまう。
人に迷惑をかけながら生きているのが人間だけれども 生きがい及び明日を生きる確かさも必要だ。とりあえず仕事があること、
体が維持されるという確かさだ。
生きがいについてははまず自分が背負った障害を負の遺産とすることなく、この障害でこれまでの生き方とは違った人間の見方が出来るようになったこと、健康な生き方が見えてきたこと、急ぎ足で見過ごしてきたことが、見えてきたこと、したがってよりよい人間環境を自覚して設定しようとするようになってきたこと。やさしさ、おだやかさ、ゆっくり歩くことで確かなこと、間違いを発見すること、人の過ちを許すこと、自己のこれまでの過ちも同時に発見できること、今までの人生では与えられなかったことが今では無理なく得られるようになったことだ。もどかしいけれども、あせって何度も行き過ぎてきてやりなおしたことよりも、静かに自然に達成することのほうが無駄な労力がなくなり最も効果的にもなる。障害のもっとひどい人たちが立派に生きていることはそれはそれなりに勇気ずけられるし、負の遺産を人生の糧として燃料としてより高い境地に置くのだ。健常者が陥るドグマや因習に囚われないで自由に生きることも可能なだから。
体が維持されるという確かさだ
***まず再発しないための予防と体つくりが肝心だ。血管障害を防ぐことは脳卒中、心筋梗塞、腹動脈破裂等も予防することになる。血管の丈夫さは柔軟さと血栓によるつまりを防ぐこと血液のサラサラ化をこころすること。血管が硬化するとは内部にアテロームと呼ばれる老廃物が固形化して血管を狭くすることでこれは硬くて簡単に溶かしたり砕いたりすることが出来るものではない。狭い血管が血圧を上げるしそのために破れやすく詰まりやすくなるのだ。だけれども効果的な食事や体力つくりはこういう血管でも退縮が起こり新陳代謝する。アスピリン系の薬でも血栓予防は可能である。
パラリンピックの金メダリストはいみじくも 障害があるかどうかが問題ではなく、如何に適応力があるかどうかが問題なのだと述べている。
2001/1/28
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