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金融資本と国家資本

  この不景気になってくるといかに資本主義が不都合な制度であるということを感じざるをえない。
  初期マルクスのいうところによれば生産力が上がった世界では適度な労働と豊富な余暇が 約束される、そしてその世界では収奪されるという経済的制度はなくなる、人はその能力を全面的に解放されるとしていた。
  現実に実現した中国において、その理想するところとかなりの落差がある。北朝鮮においてはファシズムのそれとほとんど同じである。
  ソ連が崩壊したということにおいて、社会主義が崩壊したという言い方があるが、そのような範囲で問題を考えていたのでは、現在の世界の資本主義制度の問題に何の処方もなし得ない。ユーロで開始されたグローバルリズムは一国の資本主義にとどまることなく金融資本は全世界的なものであるということがはっきりしている。確かに一国という障壁があることは確かだが、このグローバルリズムは国の政策によって変更できるほどの簡単なものではない。むしろこの資本によって国境さえも巻き込むことになった。
  かつてニューデリーに政策を持って資本主義の不況からの脱出を試みたケインズ主義。これは言ってみれば自由な競争に対する一種の政策あるいは統制であって、自由な競争こそが人間を発展させ解放させるという資本主義の修正である。
  社会主義が、不毛な競争を止めて、人間の自由を、初めて得ることができる、という信念から出発しているとしても、経済的競争を統制的生産に変えたとき、個人の中の要求の無限を否定する方向でしか機能しなかった。資本主義が自由な競争を建前としても結局のところは、さまざまな規制と統制を余儀なくされる。
  だがしかし経済のグローバルリズムによって単に一国における規制においてはなし得ないところまできている。これがかつてのケインズ主義の国家による公共投資によって景気を浮揚させるという方法さえも吹き飛んでしまう現実なのだ。
  要するに金融資本は国境さえも超えてしまっているのだ。自由であるということが限界にきて、不自由になってしまったということである。経済に対する統制が資本主義であろうと社会主義であろうと必要になってしまっているという現実。これからはいかに人間にとっての本質的な経済的関係が必要なのかを実現しなければならない。
   社会主義が行った経済的統制を、奇しくも資本主義が行き詰まった時、資本主義みずから、国家的統制をするというこの奇妙な一致を見過ごすわけにはいかない。
  ものの側面を社会主義といい資本主義といいその実は、いまでも制御できない人間の営みである経済が存在するのだ。われわれはいかに人間の本質を損なわない発展ができるのかを考えなければならない。1999年2月11日(書き始め)
  社会主義と資本主義の問題は所有の問題が基本的にある。
  この場合個人の所有の問題を制限しないという制度は歴史上なかった。ある意味で土地にしろ財産にしろ何らかの規制は受けていた。国境を超える金融資本はこれまでの一国の政治制度をはるかに超える力を持って、国民経済を左右するまでになった。私的所有の廃止を謳う社会主義において一時的な生産の向上はあったが、ソ連に見られるようなそして中国においてもそうなのであるけれども、国民の生産に対する意欲は落ち込んでいた。
  人 間は私的所有から完全に解放されるというのは生産意欲からの解放と同義語である。(つまり生産意欲を奪われることを意味する)人間は絶えず発展し、生産を続けることによって幸福を得るのだから当然私的な所有が存在しない場合やりがいを失う。あるいは自らが率先して生産する意欲を失う。(1999年2月12日)
   社会主義は敗北し資本主義が勝利を収めたという図式があったとして、これが一般的な今日の現状に対する意識かもしれない。だがしかしよくよく考えてみれば資本主義の最悪のパターンである不況というそれも全世界的なものとして登場しているこの現実にもう何年もあえいでいるではないか。資本主義はまた深い泥沼に入っているだけである。社会主義がアンチテーゼ足りえてないことと同じあるいは、それ以上に無自覚であるのが資本主義を標榜するものたちである。
  IMFガット体制がなしうることといえば不況に喘ぐアジア諸国に対して、方向の違う方針で混乱をきたするだけである。問題は人間の生産性に対する意欲を削ぐことなく調和のとれた経済を望むのである。しかも現在の金融資本は国境越えて資本自身の利潤の追求に一途である。これは多くの人間が望むところとは反対に富の集中と格差を生みだす。これに対する的確な防衛手段は一国においてはもはや存在しない。ソ連がこういった現状に対して何かなしうることができただろうか?ソ連体制はもはや存在しない。ソ連は自らの硬直した経済にとん挫したのであって、資本主義に対する効果的なアンチテーゼは存在しない。中国の経済が市場原理を導入したということも必然的である。硬直した社会主義経済は生産性を失い、人間の発展を阻害する。(1999年2月13日)
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